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照度ゼロの暗闇の中で散歩をしてみた!!

更新日:2023年4月30日



先週末、竹芝の『DIALOGUE DIVERSITY MUSEUM 対話の森』で【ダイアログ・イン・ザ・ダーク】を体験してきました。


あまりにも素晴らしい体験だったのでご紹介したいと思います。




照度ゼロの暗闇で、どんなに目を凝らしても見ることができない空間。

白杖と己の視覚以外の感覚を使い施設内を冒険するという内容。


流石にそれだけじゃ怖すぎるんだけど、そんな我らを導いてくれる暗闇のエキスパート、視覚障害を持つ方がサポートとガイドをしてくれます。


今回は公園を散歩をし、電車に乗り、おじいちゃんの家に行き、カフェで一休みして、元の光の世界に帰ってくる。

季節や期間によって内容は変わるそう。

参加した翌日からは、テレビドラマ『ラストマン 全盲の検査官』とのコラボに内容が変わると言っていたので今回の内容はその日で最終日。なのでネタバレを含む詳細なレポートを綴りたいと思います。




【出発前:明るい世界】


完全予約制で私の参加したその回の参加者は8名。


まず施設に入る前に明るいところで、暗闇の中で呼んでもらうあだ名を決め、軽めの自己紹介。施設の中で使う白杖を自ら選び、ガイドのタエさんからその日の流れなど説明を受けました。


白杖は長さやグリップ部分の太さ、クッション性なんかも微妙に違う。

ヘソより上で胸の辺りくらいまでの長さの物を好みで選んで。というざっくりアドバイスにまるで鬼滅の刃で日輪刀を作る玉鋼を選べと言われ戸惑う竈門炭治郎の心地だったけど、見てもらって人に決めてもらうのではなく、自分で手に取り感覚で選んでいく。

このスタートが暗闇を行く覚悟に繋がっていたと思います。

振り返ればとても大事な瞬間でした。


皆、結構楽しみよりも不安が勝っていたのを察したタエさんは“不安や恐怖は本当は怖いんじゃなくて、知らないということが怖い。知ってしまえば割と大丈夫なんです。”という旨の心強い言葉をかけてくれました。

これはよく聞く話ですが、あの日あの状況下で視覚障害を持っているタエさんの優しく弾む声はめちゃくちゃ響き、序盤でうっかり涙が出そうになりました。




【出発→公園へ:薄明かり→照度ゼロ】


施設に入り、扉の向こうからはもう冒険。

程なくランプの灯りを消し、照度ゼロの暗闇の世界。

どんなに目を凝らしても見えないのに体は自動的に見よう見ようとする。

白杖と手・腕を使い空間を嗅ぎ分けようとする。


もちろんそれらは役に立ったけど、足から入る情報のインパクトに驚いた。

公園の芝生を足で感じ、ああ、これがベースなんだと実感。

そこに流れる水の音や鳥の声、聴覚はメロディ。緑の葉の匂いは嗅覚。きっとこれは対旋律。音楽の構成の様に感覚を細かく区別しながらも結局立体的に組み立てる作業のように歩いた。作曲や自分の体で音楽を作る様な心地。ただ、リズムは不在。ある意味シンコペーションを多用。


そして壁にぶつかったり、木を触ってみたり。

ベンチの形の2人乗りブランコをみんなで協力して順番に乗ったり、水を触ってみたり。

今思えば暗闇で少しパニックになった我らを闇に慣らすための癒しの公園でした。




【電車に乗って、座って、降りて。:真っ暗闇】


次に電車に乗ろうとホームのスロープを上がり、乗車。

内部がどんな座席なのか全く分からず、横並びのシートのつもりで探してなんかおかしいなと思ったらボックス席でした。

私は暗闇でも割と躊躇なく動く方で大きな声で仲間を呼び、一緒に座ったり。

降車する時出口が分からず、ちょっと大胆に探してみるか、と、みんなから少し離れた時の白杖の響き方で空間の広さをクリアに感じ、お。何か掴んできたぞ!!と電車から降りながら調子に乗ったりなどしました。




【おじいちゃんの家:マジで真っ暗】


今度はおじいちゃんの家。玉砂利の間を白杖で刺して進む賑やかさがありました。


ここは結構難関で、アニメやドラマの中の日本家屋しか知らない私にはちょっと分が悪い。

それでも勇敢すぎて低めの竹のフェンスに何度も弁慶をやられ、縁側を探そうと不意に屈んだ時には頬を擦る。。。

さすが診断済みのADHDだなと痛感。



声のする方で縁側を見つけ、腰掛ける。

ちょっとまったりして、じいちゃんを待つものの現れず。

家に上がって待ちましょう。となり、靴を脱ぎ部屋に上がってみました。


これ、戻って靴履いて移動する時、自分の靴ちゃんとわかるのか?靴はちゃんと履けるのか?という不安を抱えながら、畳と縁側の間の変な出っ張りに足をぶつけ、また痛い思いをし、それを皆にアナウンス。

子供の頃からいつもはみ出していると厄介がられたり面白がられたり。炭鉱のカナリアだとかファーストペンギンだとか言われていたのを思い出し胸が痛い様な、心地いい様な。


おじいちゃんの家を物色。躊躇なく茶箪笥を開け探る。何十年ぶりに黒電話を触る。

ちゃぶ台の封筒の中にカフェで使えるチケットなるものを発見し、じいちゃんには会えないままじいちゃんの家を後にする。

不安だった靴はびっくりするくらいスムーズに履けた。



じいちゃん出てこいよ!!!!

(留守にお邪魔して失礼しました。)





【カフェにて:カフェの有史以来一の暗さ】


カフェに移り、大きなテーブルを囲んで席に着き、しばし休憩。

この頃には見えないのに見ようとしていたバチが当たったのか結構こめかみが痛くなる。普段使わない神経を使って皆じんわりと疲れが出てきた頃でした。


ガイドのタエさんが8人分の注文をとり、サーブしてくれました。

コーヒーや紅茶、ジュースなどがあり、荷物をロッカーに入れる前にポッケに用意した小銭で支払い。貨幣のサイズや縁のデザインの差異の意義に感心してしまう。



私は、赤か白か、ブラインドワインを注文。

暗闇の超絶ハンディの中、アルコールを飲む勇ましさ。男に生まれていれば5回くらい結婚していたかもしれない。いろんな意味で。


どちらか分からない、闇鍋ならぬ闇ワインが楽しそうだったので選んだけども、提供される時、空気の匂いが赤ワインの風として勢いよく届いたので飲まずとも分かりました。

そして舌でもきちんと判別できていて安心しました。


私は注文しなかったけど、お菓子セットなるものがあり、これこそ闇鍋ならぬ闇お菓子。

何が入っているのか当てるハードルはグッと上がる。

だけどメンバーの1人が易々と商品名を答え、どよめく。

店に有線が流れてるみたいなテンションでチーズおかきの香が流れてきて笑いました。



こうやっていろんなことをしている様子を書くと暗闇という大前提をうっかり忘れそうになる。そして視覚障害を持っているタエさんは一体どうしてこうもスムーズに進行できているのかと驚くばかり。

タエさんは8人の声やあだ名を瞬時に覚え、暗闇の中でもわかって触れていたりする。

変なところに行けばどういうわけか気づいて声で導いてくれたり、注文も全部覚えて、暗闇で飲食の提供をする。もちろん正確に空間を把握しながら、スムーズに。


おそらく補充の際の配置の違いで、ジュースを頼んだメンバーのブリックパックの中身が麦茶だったということはあったけど、飲食業が長い私から見たら、そんなミスは見えていても意外としょっちゅう起こるのです。


そもそも8人いっぺんに注文を取り、一人一人金銭授受し、何度も聞き返すことなく一人一人に届ける。それをスムーズに行っているのが本当にすごい。

だってメモも取れない環境、状況、オーダー用の機械も使わずに。。


タエさんは記憶力がいいと言っていた。一度行った場所はすぐに覚えると。

視覚を使わない分、脳や感覚機能が他のところに使えているのか、魔法のように感じました。タエさん妖精みたいだから余計に。



メンバーの中には血圧が上がってクラクラする人も出てきたり、椅子に座って飲み物を飲んでだことでホッとして少し全体に疲れが出てきていました。

私は剣士が寝る時みたいな感じで白杖に手をかけながら体を休めていたので、誰かに見てほしかったけど、もちろん叶いません。見た目で笑いを取れる世界ではないのです。


皆で真っ暗な中会話を楽しみ、不便や課題を分け合い、協力してここまでやってきたことが心に染みる。。

すっかり仲間になりました。





【最後の部屋:照度ゼロ→少しの灯り】


そしてカフェを出て最後の部屋でサークルを作って座り、漆黒の闇の中、鈴の音が鳴るボールを指名したメンバーにお礼や感想を言ってパスする、というのをやることに。

さすがの私も自信がない。。

と思ったのも束の間。皆うまい!!うまい!!うまい!!

ほぼ皆上手くパスができ、私も球筋が綺麗に安定した鈴の音で相手にパスすることができました。


名残惜しくもまた光の世界に戻る時間。

タエさんが小さな灯りをつけてくれた時に、私はやっと見ようとすることをやめて目を閉じていたことに気がつきました。

暗闇に入ったばかりの頃は目を確実に開けていたのに。

およそ90分の間に見ることを手放すことができたんだなと。

同時に、情報取得の約80%は視覚とはいえ普段どれだけ依存しているかを実感。とはいえ視覚がなくてもこんなに勇敢に楽しく冒険ができたのは、他の感覚も日々しっかり磨いてきたから。


タエさんは私たちに“光のプレゼント”と言って小さな灯りをつけてくれました。

自分が見えなくても、私たちに光を与えてくれたことが今も温かく感じます。

こういう気持ちが差別や無理解、ハードルや分断をなくすために必要で、とても他者へのリスペクトを感じる言動だと思います。沁みます。。


そうして私たちは元いた場所に帰ってきました。



【体験を通して】


私は昔から自分にあまり自信がないのに周りからは堂々と見えて信じてもらえません。

体格も手伝って太々しさが際立つタイプです。


でも近年、体力も気力も落ち、専門家から見たらすぐにわかる、子供の頃からのゴリゴリの発達障害だったのに気づかずに40年過ごしてしまったことにも疲れ切っていて、知能もわずか低めで、すっかり落ち込んでいたのです。

あと、ちょっとだけ、ならずものでもあります。


そんな私が暗闇の中でかなり活発に動き回り積極的に仲間を助け、また素直に助けられて喜び、温かい気持ちで過ごせたことは本当に本当に自信になったし、有事の際は少しは役に立てるかもしれないと思えたのが嬉しかった。

また感覚を常に磨くことを意識し続けていたことは周りからは測り難く分かりにくかったと思うけど、間違いなく成果が出ていたことを確信できました。

まさかの暗闇で自信を見つけたのでした。


そしてまたタエさんに会いにきたいな。と心底思うのでした。



【その後】


感想をやスケッチを描きながら皆で感想をシェアして本当にいい時間でした。

丸い板だけのテーブルは私たちが一緒に持ち上げて各々椅子を取り、皆で円になって膝の上に乗せることでテーブル足らしめるもので、社会はもっとこういう感じでもいいよなと思ったりしました。

既存の概念では欠損となることも私たちはおそらく補う力を持っています。

それを憐れみや軽蔑にせず、敬意とできれば、明るく温かいコミュニティやシステムを築くことに成功するかもしれません。

必要なのは経験を通して異質な他者に敬意の念を感じること。


私は今回のことでタエさんをはじめとする視覚障害を持っている方々の能力の高さ、凄さ、かっこよさを感じました。

一括りにするのは良くないかもしれないけど、日本で旅行をして日本のファンになったり、アニメで日本に親しんだら、日本人に対して好意的になるのと同じで、属性への興味や好意が沸きました。

私のことだからチャンスがあれば、“私こないだ竹芝で真っ暗な中で散歩したの。すごい楽しかったけど、難しいこともたくさんあって、あなたの凄さを知ったんです。”って話しかけることでしょう。

(もちろん人は選びますし、環境や状況によりますが。)



ドイツで始まったこの体験は、欧米では60%の子供たちが経験済みだそうです。

キリスト教の影響もあるかもしれませんが公共の場で助けること、困っている人に協力することに日本より躊躇がないように思います。

間違いなく自分が体験してみた不便とそれを乗り越えている人への意識が変わる体験だと思います。


なんでも欧米にobeyしろとは全く思いませんし、特定の利権みたいなものに肩入れしたいわけでもありません。

男女平等とかいう超難題よりまずもっとノーマライゼーション、ユニバーサルを目指そうとする気持ちなのです。



【体験のメリットまとめ】


・他者への敬意を育てることができる

・他者と協力して安心して物事を進める大事さを実感できる(心理的安全性を高める能力の向上)

・着眼点が違う他者との情報のシェアリングで視野が広がる

・素敵なガイドさんと仲間に出会える

・今ある能力や機能を失ったときの小規模リハーサルができる

・自分の能力や特性が詳らかになり案外自信がつく

・感性、感覚が磨かれる

・一生物の思い出、体験ができる(暗闇の中でワインを飲んだことがあるかい?)

・日常ではまず難しい照度ゼロを体験できる

・今度視覚障害を持っている方に会った時に以前よりも安心して気持ちに寄り添える

・声を出すこと、返事をすること、自分の状況を視覚以外で知らせることの大切さに気付き、そのバリエーションや表情が豊かになること

・都内で冒険ができる

・普段目を使いすぎているひとは目を強制的に休めることができる



ざっと考えただけでもこんなにあります。


たくさんの人が体験することで安全で温かい世界になる可能性は少しずつ上がると思っています。



是非、皆様も体験してみてください!!!























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